異文化の「時間感覚」との格闘:海外での開発現場で学んだ適応策
異文化における「時間」の概念:予想外の挑戦
海外でのエンジニアとしてのキャリアをスタートさせ、技術的な挑戦に胸を膨らませていた私ですが、渡航して間もなく、技術スキルとは全く異なる、根源的な「時間」の概念に関する文化差に直面することになりました。日本で当たり前だと思っていた「時間通り」という感覚が、必ずしも普遍的なものではないことを痛感する日々が始まったのです。
これは単に会議に遅刻するといった表面的な話に留まりません。プロジェクトの進行、タスクの優先順位、さらには仕事とプライベートの境界線に至るまで、「時間」に関する捉え方の違いは、働き方そのものに大きな影響を与えました。この記事では、私が海外の開発現場で経験した「時間感覚」に関する具体的なエピソードと、そこからどのように学び、自身の働き方を調整していったのかをお話しします。
具体的な体験談:計画通りに進まない現実
私が最初に戸惑いを感じたのは、日々の会議やミーティングにおける「時間」に対する意識の違いでした。日本では「定刻通りに開始し、定刻通りに終了する」ことが当然のマナーとされていましたが、現地のオフィスでは、会議が予定時間より5分、10分遅れて始まることが日常茶飯事でした。
例えば、ある日の午前10時に重要なプロジェクトの進捗確認ミーティングが予定されていました。私は準備を整え、時間通りに会議室に入りましたが、集まっているのは参加者の半分程度でした。他の参加者は、まだデスクで作業をしていたり、コーヒーを取りに行ったりしています。開始時刻を過ぎても誰も焦る様子はなく、雑談をしていたり、直前の作業を終えようとしていたりしました。結局、全員が揃い、会議が始まったのは予定時刻から15分後でした。このようなことが毎日繰り返されました。
最初は、この「ルーズさ」にイライラしたり、時間を無駄にしていると感じたりしました。自分の作業時間を削って会議に参加しているのに、なぜ皆こんなにも時間に無頓着なのだろうかと理解に苦しみました。日本の「時間を守ることは相手への敬意」という価値観が強く根付いていたからです。
また、タスク管理や締め切りに対するアプローチも異なりました。日本では、事前に詳細なスケジュールを立て、各タスクに厳密な締め切りを設定し、それに従って進捗を管理することが一般的です。しかし、こちらでは、締め切りはあくまで目安であり、状況によって柔軟に変更されることがよくありました。
ある機能開発を担当していた際、プロダクトオーナーから「来週の金曜日までに最低限の機能は動くようにしてほしい」という依頼を受けました。私は日本のやり方に倣い、タスクを細分化し、日々の進捗目標を設定して計画通りに進めようとしました。ところが、開発途中で急遽、別の顧客からの要望に対応する必要が生じ、そちらの優先度が高くなったため、私のタスクは一時中断となりました。プロダクトオーナーからは「こっちを先にやってくれ、金曜日までに終わらなくても大丈夫だ」とあっさり言われました。私の計画が全く意味をなさなくなった瞬間でした。
このような状況が続くと、何のために細かく計画を立てているのか分からなくなり、モチベーションを維持するのが難しく感じました。日本の「計画通りに進めること」そのものに価値を見出す文化とは異なり、ここでは「変化に素早く対応すること」や「最も優先度の高いタスクに集中すること」が重視されているように見えました。
さらに、仕事時間内の「時間」の使い方も違いました。日本では、休憩時間以外は集中して作業することが求められる雰囲気がありますが、こちらでは、同僚との雑談やコーヒーブレイクの時間が仕事の一部として自然に組み込まれています。頻繁に席を立ってお互いに声をかけ合ったり、数十分立ち話したりすることも珍しくありません。最初はその「非効率」さに驚きましたが、徐々にそれがチーム内のコミュニケーションを円滑にし、予期せぬ問題解決の糸口になることもあると気づかされました。
体験からの学び/考察:異なる価値観の理解と柔軟性
これらの体験から得られた最大の学びは、「時間」に対する感覚や、それに基づく働き方は、文化によって大きく異なるという事実でした。私の「時間通り」や「計画通り」にこだわる感覚は、日本という特定の文化の中で育まれた価値観に過ぎなかったのです。
会議が遅れることや締め切りが変更されることは、必ずしも怠慢や無責任さを意味するわけではありませんでした。そこには、人間関係を重視する文化、予期せぬ変化への柔軟な対応を優先する文化、あるいは長期的な視点に立ち短期的な計画に固執しない考え方など、異なる価値観が存在していることを理解するようになりました。
私の計画が中断された際も、それは個人的な評価が下がったわけではなく、ビジネス全体の優先順位に基づいて柔軟にリソースを再配分した結果でした。日本では緻密な計画と実行力が高く評価される傾向がありますが、ここでは変化への適応力や、ビジネスの状況を理解して柔軟に対応する能力がより重視されているように感じました。
また、仕事中の頻繁な雑談や休憩も、単なる時間の浪費ではなく、情報共有の機会であったり、チームの信頼関係を築く上で重要な役割を果たしていることに気づきました。効率一辺倒ではない、人間的な繋がりを大切にする働き方があることを知りました。
これらの気づきを通じて、私は自身の働き方や期待値を調整する必要があると感じました。完璧な計画を立ててそれに固執するのではなく、変化を前提とした柔軟な計画の立て方や、タスクの優先順位が変わりうることを織り込んだ仕事の進め方を模索し始めました。また、会議の開始時刻に遅れが生じても、その時間を有効活用する方法を考えたり、同僚とのちょっとした雑談に積極的に参加したりするようになりました。
読者へのメッセージ/アドバイス:適応への心構え
海外での就職や移住を検討されている方へ。異文化環境での仕事は、技術的な挑戦に加えて、仕事の進め方や「当たり前」だと思っていた価値観が覆されるという大きな変化が伴います。特に「時間」に関する感覚の違いは、多くの国で経験する可能性のある普遍的な課題の一つかもしれません。
日本の「時間厳守」や「計画通り」という価値観が、世界標準ではないことを理解しておくことは、心の準備として非常に役立ちます。海外では、会議の開始時間が遅れたり、急な優先順位の変更で自分のタスクが後回しになったりすることが起こりえます。これらを個人的な攻撃や非効率と捉えるのではなく、その国の文化や働き方における別の価値観の表れかもしれないと考えてみてください。
まずは、その文化における「時間」や「仕事の進め方」がどのように考えられているのかを観察し、理解しようと努めることが大切です。同僚や上司に直接尋ねてみるのも良いでしょう。そして、自身の働き方や期待値を柔軟に調整していく姿勢が求められます。完璧な計画に固執せず、変化に対応できる余白を持たせること、そして「非効率」に見える行動の裏にある意図や価値観を理解しようとすることで、異文化環境での仕事はずっとスムーズに進むようになります。
技術力はもちろん重要ですが、異文化環境で長期的に働く上では、このような文化的な違いに対する理解と、それへの適応力が不可欠なスキルとなるでしょう。
まとめ
海外でのエンジニアとしての経験を通じて、私は「時間」に対する感覚や、それに基づく仕事の進め方が文化によって大きく異なることを学びました。計画通りに進まない現実や、日本の常識とは異なる働き方に戸惑うこともありましたが、それらの体験を通じて、異なる価値観を理解し、自身の働き方を柔軟に調整することの重要性を痛感しました。
異文化環境での仕事は、予期せぬ課題の連続ですが、同時に自己の価値観を相対化し、視野を広げる貴重な機会でもあります。これから海外で働くことを目指す方々にとって、この記事が「時間」に関する文化差への理解と、それにどう向き合うかのヒントとなれば幸いです。